20年かけて夫婦関係を改善!札幌在住夫婦修復カウンセラー 実佐(みさ)です。
結婚20年で別居、1年で再同居をした経験から夫婦関係を修復したい皆さんのお悩みを聞くカウンセラーをしています。
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時間が空いてしまいましたが、別居から修復までにしたことを書いていく4回目です。
以前の記事はこちら↓。
私が別居から修復するためにした事 その①~修復するために自分と向き合うと決める~ - 実佐(みさ) 20年かけて夫婦関係を改善!夫婦修復カウンセラー
私が別居から修復するためにした事 その②~夫への執着を手放す”お恨み帳”~ - 実佐(みさ) 20年かけて夫婦関係を改善!夫婦修復カウンセラー
私が別居から修復するためにした事 その③~自分に禁止していたことをする~ - 実佐(みさ) 20年かけて夫婦関係を改善!夫婦修復カウンセラー
別居して早々に夫に対してお恨み帳を書いたということは一番最初に書きました。
夫を許し、手放せた実感があった私でしたがもう一人許し手放すべき人がいました。
それが父親です。
今は以前より関係が良くなり、言いにくいことも伝えることが出来るようになった父ですが、コントロールと干渉がひどかった父のことをずっと自分にとって嫌な存在として認識していました。
夫婦は心の距離が近くなるとだんだん家族になって、相手のことを自分の父や母のように位置付けてしまうことがあります。
または、実の両親から得られなかったものを得ようとして夫に自分の父・母を求めてしまいます。
人と人の心には性別は関係ないので男性である夫に母親をもとめてしまうことも良くあることです。
これは無意識で起きます。
結婚して15年以上たった頃、自分だけ自由に外に出れなくてつらい。
そんな気持ちを抱えていました。
子供を持ったことがあるお母さんなら誰しもが感じるであろう感情ですが、私はずっとこの「不自由さ」を結婚生活で感じていました。
最初は休日に友達とランチに行くことすらできない、という気持ちでした。
何だか夫に遠慮してしまったり、自分だけ楽しむのに抵抗があったり。
夜に飲みに行くなんてもってのほか、という気持ちもありました。
ずっと夫に遠慮していたからです。
実際に夫は夜遅くに勤務のことも多く、中高生の子供たちを見る人がいないというのも事実ではありました。
「夫がいるから好きなように外出できない」いつしかそんな風に思い込むようになっていました。
夫に気を使わなくてはいけない、勝手なことが出来ない。
このころ私が感じていた不自由さは、思春期に父に帰宅時間や行動をうるさく制限されていた時の自分と何も変わっていない、という事に気づきました。
まるで夫に管理されているような感覚を感じていました。
でもそれは私自身が勝手に感じていたもので、夫は家を開けてはいけないとは言っていなかったんです。
私が勝手に「外出できない」と思い込んでいただけです。夫に父を投影し、なんだか管理されている気持ちになっていただけでした。
夫に父を重ねていると気付いた私は、夫に対してしたように父に対してのお恨み帳を書きました。
父に対する負の感情をどのような言葉で書き出し、どうけりをつけたのかは正直はっきり覚えていません。
「お父さんのせいでずっと窮屈な思いをしていた」という思春期の怒りをノートにぶつけていたように思います。
そして最後には、自分のものにはほとんどお金を使わずに私たち子供のために働いて学費を溜めてくれたことへの感謝の気持ちが溢れてきた記憶があります。
親にとっては私はいつまでも子供で、今でもその扱いにつかれることも多いですがこの時やっと少しだけ子供から大人になれた感覚がありました。
自分の中の幼児性(依存)から少しの成熟性(自立)のある自分に変化できたのかなと今では振り返っています。
ちなみにこの時母へのお恨み帳も書いた方がいいと頭では考えたのですが、この時点では自分には取り扱えなかったのか着手できず繰り越しとなりました。
今現在も母との関係は私にとって大きな課題です。これまでにお恨み帳にもトライしてきましたが、許し手放したと言えるかはわかりません。
母をもう少し手放すことができたら、また一段階大人になれるのかもしれません。
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https://mi-sa-sherapy.hateblo.jp/entry/2025/09/27/185837
読んでいただきありがとうございました。
心理カウンセラーの実佐でした。